群馬県立土屋文明記念文学館

文学館通信

「土屋文明ゆかりの地」解説板 全4種リニューアル(2012/04(2013/04/25改))

 「方竹の庭」「西光寺のイチョウ」「土屋文明テル子夫人生家跡」「上郊小学校」

 県立文学館では、周辺4箇所にある「土屋文明ゆかりの地」解説板を、平成23年度末にリニューアルしました。2011年8月にできた新しいシンボルマークを入れ、解説もより具体的で分かりやすいものになりましたので、こちらで内容をご紹介します。  場所は以下のとおりですので、当館でお配りしている周辺散策マップもあわせてご参照ください。 ・方竹の庭:当館南側に隣接 ・西光寺のイチョウ:当館から徒歩4分 ・土屋文明テル子夫人生家跡:西光寺周辺から徒歩1分 ・高崎市立上郊小学校:当館から徒歩7分

■方竹(ほうちく)の庭
かへり見る長き一世のなぐさめとなりはげましとなりし花の数々
「アララギ」1989(平成元)年10月号(一連5首中第1首)
遺歌集(第十三歌集)『青南後集以後(せいなんこうしゅういご)』(1991(平成3)年、石川書房)所収
 南青山の文明旧宅の庭から移植した樹木です。1974(昭和49)年に長男・夏実を、1982(昭和57)年に妻・テル子を亡くすなど、年老いた文明には悲痛な出来事も訪れました。そんな境遇のなか運命を甘受するのでも、感傷に陥るのでもなく、現実を直視する姿勢を文明はつらぬきました。自分の長い一生を振り返って、慰めとなり、励ましとなったのが、花の数々だったことを、この歌では率直に詠っています。行動範囲が限られた最晩年、自庭の花や木々は、とりわけ文明にとって大切なものだったことでしょう。

■西光寺(さいこうじ)のイチョウ
何にじれ伯母のベッ甲櫛投げうちし一生の記憶始まる三歳
「短歌」1989(平成元)年1月号(「幼少老耄に至る」一連14首中第4首)
(実際の解説板では、「短歌」掲載時の詞書(ことばがき)、「幼少老耄に至る」が抜けており、こちらで補わせていただきます。)
遺歌集(第十三歌集)『青南後集以後(せいなんこうしゅういご)』(1991(平成3)年、石川書房)所収
 文明が子どものころ、毎年4月12日は薬師の縁日でした。ここ西光寺の公孫樹(いちょう)の樹の下に、伯母と母に両手をひかれて来た3歳の文明は、理由が何かは思い出せないものの、急に怒って暴れ出し、伯母が付けていた大切な鼈甲(べっこう)の櫛(くし)を、髪からむしりとって投げてしまいました。その日は人出が多く、伯母は翌日改めて探しに行きましたが、結局見つからず、そのことを文明は後年も気にかけていたようです。このエピソードは、文明の随筆『羊歯(しだ)の芽』(1984(昭和59)年、筑摩書房)の中に「櫛の行方」として収められています。

■土屋文明テル子夫人生家跡
西方(さいはう)に峡(はざま)ひらけて夕(ゆふ)あかし吾(わ)が恋(こ)ふる人(ひと)の国(くに)の入(い)り日(ひ)か
(実際の解説板で、『ふゆくさ』等でふられているルビ「さいはう」が「さいほう」になっており、こちらで訂正させていただきます。)
「アララギ」1914(大正3)年1月号(「憂愁の水」一連17首中第13首)
第一歌集『ふゆくさ』(1925(大正14)年、古今書院)所収(「山上相聞」一連14首中第14首)
 テル子夫人の生家跡地。この歌で詠まれている「恋ふる人」は、文明と同郷の塚越テル子であり、1918(大正7)年に二人は結婚します。塚越家は代々の素封家で、父は村長を務めたこともある村の名士でした。彼女は東京の女学校を卒業し、津田英学塾(現・津田塾大学)に学んでいます。文明が長野県での教職生活を辞めて上京し、歌人として立つことを決意した1924(大正13)年には、二人の子を連れて英語教師として栃木県立足利高等女学校に赴任して夫を支えました。1982(昭和57)年に93歳で逝去。文明に先立つこと8年でした。

■上郊(かみさと)小学校
幾年か待ちてなりたる小学校分校より移りて交はるに少しおびえき
「短歌」1987(昭和62)年1月号(「故郷を思ふ」一連14首中第12首)
遺歌集(第十三歌集)『青南後集以後(せいなんこうしゅういご)』(1991(平成3)年、石川書房)所収
 1897(明治30)年、文明がここから南に2㎞ほど、現在の井出交差点の少し南にあった上郊小学校井出分教場に入学した時には、本校にあたる尋常科はここから北西に1kmほどの善龍寺本堂にありました。文明は、高等科併置に伴いこの地に新校舎が落成し本校が移り、分教場が廃止された尋常科4年の冬から、ここに通うようになりました。1891(明治34)年、文明は新設された高等科に進み、中学進学を希望すれば4年制の高等科を2年で終えることができたものの、父の意向で3年まで通った後、旧制高崎中学(現・県立高崎高校)に進みました。