群馬県立土屋文明記念文学館


当館前庭にある村上鬼城の句碑について(2011/06/27)


当館前庭にある村上鬼城の句碑について(2011/06/27)

村上鬼城「仐に いつか月夜や 時鳥」

  仐に
 いつか月夜や
  時鳥

(読み)
からかさに
  いつかつきよや
   ほととぎす


☆この俳句を作った俳人
村上鬼城
(むらかみ・きじょう、1865年6月20日(慶応元年5月17日)~1938(昭和13)年9月17日)
 江戸に生まれ、1872(明治5)年に前橋、その次の年には高崎に移りました。耳の病気で軍人になることをあきらめ、俳句を作るなかで正岡子規(まさおかしき)を尊敬して教えを受けました。現在の「さやモール」のあたりに住み、裁判所の書類を書く仕事をしながら10人の子供を育てました。

 
  ☆この俳句について
 「からかさにいつか月夜や時鳥」という形で、1916(大正5)年7月に『ホトトギス』という有名な俳句の雑誌に発表されました。「からかさ」というのは、雨の時にさす傘のことです。句のだいたいの意味は、雨が降っていたので傘をさしていたところ、いつのまにか晴れて月が出る空になっていて、ホトトギスがいる、もしくは鳴いている、ということになります。


☆碑について
  大きさ:高さ120㎝、横幅100㎝、奥行き70㎝
  材質:鞍馬石(くらまいし)
村上鬼城の弟子だった福岡県出身の俳人・貝島春光氏(かいじま・しゅんこう、本名:慶太郎)が、鬼城に書を頼んで、それをもとに1938(昭和13)年9月、神奈川県葉山の自宅に建てたものです。その後、東京都目黒区にある貝島家の敷地に移されていましたが、貝島春光氏の親族から高崎市に寄附され、2010(平成22)年4月7日、今の場所に設置されました。

 
  (句碑の裏側)
昭和十三年九月
貝島春光建立