群馬県立土屋文明記念文学館


当館前庭にある土屋文明の歌碑について(2011/06/27)


当館前庭にある土屋文明の歌碑について(2011/06/27)

土屋文明「青き上に榛名を永久の幻に出でて帰らぬ我のみにあらじ」
  青き上に
榛名を
永久の幻に
出でて帰らぬ
我のみにあらじ
     文明


☆この短歌を作った歌人
土屋文明
(つちや・ぶんめい、1890(明治23)年9月18日~1990(平成2)年12月8日)
 上郊村保渡田に生まれ、上郊小学校井出分教場、本校、高崎中学校、東京帝国大学を卒業しました。長く東京の南青山で暮らしましたが、第二次世界大戦の終戦間際からの6年間は現在の東吾妻郡吾妻町川戸に疎開しています。歌人としての活動や万葉集の研究が評価され、文化勲章も受章しています。

 
  ☆この短歌について
「青き上に榛名をとはのまぼろしに出でて帰らぬ我のみにあらじ」という形で、土屋文明の第九歌集『青南集(せいなんしゅう)』(1967(昭和42)年11月25日白玉書房発行)の中に入っています。この歌集には1358首の短歌が治められています。
この「青き上に…」は、「五万分一地形図榛名山」という詞書(ことばがき)でまとめられた13首の最後うち最後の1首にあたります。地図を見て自分のふるさとを思っていることになります。

☆碑について
 大きさ:高さ160㎝、幅260㎝  材質:榛名山系の安山岩(あんざんがん)
※足門の工業団地を作った時に掘り出されました。
 土屋文明が1990(平成2)年9月18日に満百歳となることを祝い、群馬町が建てたものです。この年の9月5日に除幕式がありましたが、土屋文明は出席することができませんでした。
碑に刻まれた文字は、土屋文明自身が書いた色紙(高崎市立上郊小学校蔵)をもとにしており、文明が公認した唯一の歌碑とされています。上郊小学校にある色紙では4行になっているのを、歌碑にする時に5行に組み替えています。

 
  (歌碑の裏側)
 青き上に榛名を永久の幻に
 出でて帰らぬ我のみにあらじ
          文 明
 この碑面の作品は「青南集」に収
録されているものである
 群馬町は 昭和六十三年に群馬町
名誉町民となられた土屋文明先生の
満百歳のご長寿を祝い先生のご功績
を広く後世に伝える為に 出生の地
であるこの保渡田の地に建碑する
 平成二年九月
  群馬町長 志村喜三郎