群馬県立土屋文明記念文学館

特別館長日記

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虎見崎

 群馬県で暮らしていると、時々海が見たくなります。12月12日、前日からの雨模様でしたが、午後には上がるという天気予報なので、千葉県の太東崎に出かけました。
 そこは、九十九里浜の南端に当たり、「虎見崎」として、土屋文明が深く愛し、歌に詠んだ土地です。

 そもそも、九十九里浜は、文明の恩師伊藤左千夫の故郷で、左千夫はその壮大な景色を見事に詠んだ歌をたくさん遺しました。

 天地の四方の寄合を垣にせる九十九里の浜に玉拾ひ居り 左千夫
 九十九里の波の遠鳴り日のひかり青葉の村を一人来にけり 左千夫

 文明の著した『伊藤左千夫』を読めばよく分かりますが、左千夫は、文明にとって、文学の師、人生の師であるとともに、その欠点をも承知して愛しく思う存在でした。

 なき後の二三年ならむみ墓にもよりつかざりし吾をぞ思ふ  (『少安集』)

 明治42年に出会ってわずか5年足らずで急逝した伊藤左千夫への思いを抱いて、文明は、左千夫ゆかりの九十九里浜が見渡せる「虎見崎」を訪れていました。

 秋草の草山岬に吾立ちてあはれはるかなり九十九里のはては (『山谷集』)
 国の上に光はひくく億劫おくごふに湧き来る波のつひにくらしも (『少安集』)
 この海を左千夫先生よみたまひ一生ひとよまねびて到りがたしも (『少安集』)
 六十年思ふ九十九里に先生にうつつに従ふことなかりけり (『続々青南集』)

 草木が無造作に茂る岬、はるかにかすむ九十九里浜、雄大に広がる太平洋。
 それらを見ていると、素朴で広い心をもった左千夫をしのび、ともにこの景色を眺めることができなかったことを悔やむ文明の姿が浮かんできました。

〈左千夫が愛した九十九里浜〉

〈草木の茂る太東崎(灯台は昭和25年設置)〉

〈太東崎の前に広がる太平洋(手前は雀島(「夫婦岩」))〉

〈「虎見」ゆかりの「東浪見」の地名〉

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