特別館長日記
子規庵を訪ねて
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子規庵入口
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病床六尺の間
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庭からのぞむ病床六尺の間
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庭からのぞむ子規庵
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子規絶筆三句
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老舗「笹乃雪」
台東区根岸にある子規庵を訪ねました。
道順はあらかじめ調べましたが、山手線の鶯谷駅を降りたら、どちらへ進めばいいか分からなくなってしまいました。交番があったので尋ねると、分かりやすい案内図をくれました。案内に従って10分程度歩くと、大通りから脇道に入った静かな街並みの中に、ブロック塀に囲まれた子規庵がありました。
従来の庵は、昭和20年4月戦災で焼失しましたが、昭和25年子規の弟子である寒川鼠骨の尽力により再現されたそうです。現在の庵も、すでに80年が経過しているので、年を経た重みがあり、子規の暮らしに思いを馳せることができました。
特に、子規が結核の病に苦しみながら執筆を行った「病床六尺の間」に入ると、子規がここで詠んだいくつかの短歌が浮かびました。
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる
庭には、糸瓜や鶏頭など、病床の子規を慰め、俳句や短歌の素材となった草木がたくさん植えられていました。
絶筆三句の碑もあり、哀れさを誘いました。
糸瓜咲て痰のつまりし佛かな
痰一斗糸瓜の水も間にあはず
をととひのへちまの水もとらざりき
文明は、朝日新聞に掲載した「折り折りの人(7)久米正雄」で、「そのころ根岸の子規旧居では九月十九日を中心にして子規忌の俳句会が開かれ、短歌会の方の忌会はそのあと開かれるらしかった。私は短歌会に出て、俳句会の方の出席者名簿に久米三汀のあるのを見て、やっぱり来ているなと思った記憶がある」と書いています。ですから、子規庵を訪れているし、おそらく子規の母や妹にも会っているに違いないと思いますが、残念ながら生前の子規には会っていないようです。
正岡子規は、特に俳句や短歌の分野で、近代化にかけがえのない大きな功績を残した文学者です。子規の活躍がなければ、日本の文学は現在と全く違ったものになっていたと思います。
土屋文明は、伊藤左千夫に師事し、『アララギ』の歌人としての道を進みますが、左千夫は子規に師事し、左千夫も文明も、子規が「歌よみに与ふる書」などで唱えた「写生」や「万葉集尊重」の考え方に従って文学活動を行いました。
文明は、昭和26年に子規の故郷松山で開催された「子規五十年祭」に参加し、短歌を詠んでいます。(歌集『自流泉』に収録)
子規五十年祭
五十年すぎにし君の故国に親しくもあるかな青き蜜柑の
伊予の温泉の夜は静まりいさ庭のゆづきの丘にふくろふの鳴く
湯の岡に終夜なる水の音子規五十年祭のあと興奮す
木むらには朝の露のしとどにてねむの実ねむの葉すがれむとする
正岡の升さんあり子規あり就中我が命竹の里人
文明の子規への尊崇の念は厚く、全歌集『竹乃里歌』から短歌等を厳選した『子規歌集』(岩波文庫)の編者にもなっています。
文明記念文学館に勤める者としてはもっと早く訪ねるべきでしたが、今回訪ねることができて、子規や文明への思いを強くすることができたような気がします。
帰りがてら、子規ゆかりの豆腐の「笹乃雪」の句碑をながめ、「羽二重団子」でおいしい団子とお茶をいただきました。