群馬県立土屋文明記念文学館

特別館長日記

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北前船の港町、酒田

 9月30日酒田を訪ねました。前日宿泊した瀬波温泉を朝早く出発し、村上駅から特急「いなほ1号」に乗って日本海沿岸を北上しました。笹川流れや粟島をながめていると、あっという間に酒田駅に着きました。

 文明は、昭和16年と昭和40年、季節はいずれも秋に酒田を訪れ、たくさんの短歌を詠んでいます。前後に発表された短歌から推測すると、昭和16年は北から、昭和40年は南から酒田に入ったようです。

 文明が心を動かれたものを実際に見てみたいというのが今回の旅の目的ですが、文明が短歌に詠みこんだものはおおよそ以下のとおりです。

〇庄内平野を大きく取り囲む山々。
 鳥海山、月山、男鹿の山、羽黒山。

〇最上川河口に広がる日本海。
 飛島、最上川の河口、港、海水浴場、海越しに見える山、海に沈む夕日。

〇身近に生える植物。
 こなぎの花、草、稲、浜茄子、苦菜、野生瓜。

〇さまざまな人々の生活。
 海水浴場、道、石油井、小学生、女教師、番犬、バス、倉庫、下宿屋、ソ連船、アメリカ兵、港。

 アララギ派の歌人らしく、心情を直接的に表現する言葉はありませんが、「短歌は生活そのもの」の言葉どおり、旅のなかで自分の心を動かしたものを率直に詠んでいます。

 まず、路線バスに乗り、最上川河口や酒田港、日本海が一望できる日和山公園に行きました。そもそも、「日和山」は各地にあり、漁師や船乗りが船を出すべきか否か、海や空の様子を見るために登った小高い丘です。公園内には、六角形の木造灯台、常夜灯、千石舟が浮かぶ池などがあり、海運で栄えた酒田の昔が偲ばれました。松尾芭蕉や与謝蕪村など、たくさんの著名な文学者が訪れており、見尽くせないくらいの文学碑もありました。二人の僧の即身成仏が納められている海向寺がありましたが、幸か不幸か当日は閉館でした。

 展望台に立つと、酒田港、最上川河口が見え、河口のむこうに日本海が広がり、かすかに飛島も見えました。南の方角には、月山、羽黒山、蔵王山などの山並みが見えました。

 実際に日和山に立つと、文明もここで短歌を詠んだことを実感しました。

 日和山から港に下りて、海鮮市場で昼食を取った後、新井田川沿いの山居倉庫に行きました。倉庫は酒田繁栄の象徴で、庄内平野の米はここに集められ、大阪に向け出荷されました。貧しい農家に育った文明だけに農民の苦労にも思いをはせたにちがいありません。

 倉庫から街中に向かう橋の上からは山頂が雲に隠れた鳥海山が見えました。文明は何度も詠んでるとおり、酒田からは最も目立つ山です。酒田駅へ戻る途中、豪商の本間家が藩主に献上した本間家旧本邸や、本間家が収集した美術品や築いた庭園を見られる本間美術館に立ち寄りました。北前船の海運がそのような豪商の存在を可能にするほどに盛んだったことを再認識しました。

 酒田から新潟に戻る「いなほ10号」の車窓から、しばらくの間鳥海山が見えました。文明がどう眺めたかは分かりませんが、私には何となく群馬の赤城山に似ているようにも感じました。

    象潟酒田(『少安集』昭和16年)

鳥海(てうかい)の山の(なか)らに白きもの(あや)しみながら近づきてゆく

月山(つきやま)は雲(かかぶ)りて高ければ谷よ尾根(をね)より雲なだれ落つ

吹浦をふくらと(しめ)しあることも心にしみてなほし行くかな

鳥海の山青くして秋日てり残雪(のこりゆき)のあたり立ちてゆく霧

磯のへに鉱泉(くわうせん)宿(やど)海水浴場(かいすゐよくぢやう)見えつつ北の海はあらしも

鉄鉱(てつくわう)の如き赤土(あかつち)こぼれたる道せまからず象潟(きさがた)(あと)

(せき)油井(ゆせい)の並びは方則(はうそく)あるらしく錯雑(さくざつ)たる風景(ふうけい)を支配せり

小学生一組散歩にいで来り男女(だんぢよ)()ぶる(ぢよ)教師(けうし)のこゑ

あくまでも澄みゆく秋の空にして遊べる吾を人もとがめず

名所ほろび実りゆたけき秋の日を用なく来り我はさまよふ

土地肥えて茂れる草の溝に満ち(みどり)かがやくこなぎの花は

生徒等が折り持つみればこなぎの花露ありて昼ちかき秋の日

帰りゆく隊列のあとに或る者は草に寝て居り小学生徒

古き島のあとと思はるる寺の門犬をつなぎて人を(こば)めり

平かに水田(みづた)みのりて数おほき島のあとみな(はか)の形せり

流れたる水清くして菜をあらふまだ刈入れに早き田の中

この寺に句碑の類のありといへど用なき吾の入りてもゆかず

道の上に屋根ふくごみの降りかかりま昼の空のいよいよ清し

真日の下鳥海(てうかい)に雲の湧くが見ゆ淡々(あはあは)として多くのぼらず

海の上に離れて男鹿(をが)の山の見ゆ得宝和尚飯くふころか

腹へりて吾は見て居り秋の日の照りて凪ぎたる海の上の山

白雲は陸の方より吹かれつつ男鹿をこえゆく時に速しも

象潟はいよいよ小く鳥海より直ちに男鹿につづきたる空

石の上に来りて休む鳶の仔の草の上にはとまることなし

平かに見ゆる(とび)(しま)日かがやき昼すぎの海やうやく白し

東の風(はや)くして白き海にいでて漂ふ最上(もがみ)のにごり

手前には築港深く入り居りて最上川やや高く土手の上に見ゆ

   酒田(『続青南集』昭和40年)

出羽ノ海も柏戸も食ひて大きくなりし国の(うまし)()()れ極まれる

羽黒山(はぐろやま)バスにて登り来しなれば(ほし)そばなどと言ふことなかれ

なほ高く月山(つきやま)に登るバスのあり雲はすぐそこに下り来て迎ふ

遊ぶ季節終りを惜しむをとこをみな我等も南谷(みなみだに)のあとを聞くのみ

戦の時の忙しき旅にして鉛筆一本落しき湯の浜

剣ならべし如き横雲の下にして島を船を見ず日本海の落日

押し来る大陸高気圧なりといふ空二分けし(あか)(ぐも)青雲(あをぐも)

旅の疲れ癒やすと注射に来給へり永き交りは君も二毛にまう

濁る川に清き流注ぐ幾つか見き海に入る今なほ濁る川

広き沙堪へかね歩みをかへす時一つ残れる浜茄子の秋の花

人々のさまざまに行きし聞きながら(にが)()に似たる花拾ひあぐ

浜苦菜ほほけし(わた)の触れて飛ぶただ沙の上の一二尺ほど

稀に穂ある常の(はぐさ)と見ゆれども沙に平たくはりつくものを

古く新しく歌ひつくせる最上川川口を見ていたづらに立つ

我がこふる飛島(とびしま)を今日は見ることなし静かにもやのかかりたる海

飛島に口すぎ求めし遠き日をたはむれの如く友に語るなり

山居倉庫まだ新米の入る前にて廂間に積む飼料肥料の類

欅の下棟並べたる大倉庫幾十万人食ふにかあらむ

永代蔵にのりたりといふ古き家下宿屋となり残るも見たり

ソ連船しばしば入るといふ町ゆきて今日は一本のソ連材も見ず

アメリカ兵居りて残ししと人伝ふやたらに茂る蔓性野生瓜

月山は昨日も今日も雲の中羽黒はかげの如く横ぶす

男鹿(をが)に見しよりはいくらか明かに薄雲中の鳥海(とりうみ)の山

長き道今造る出羽の国を来ぬ()()(せき)には広き築港

帰り来て嵐前の上つ毛の国に入る利根は水源より大河の相あり

澄むにあらず濁るにあらず白玉のくぐもりもちて激ちつつゆく

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